インターネットの「匿名」性について

インターネットで匿名が維持できるかどうかですが、ある者がマイナーな場合は匿名性が保てるでしょうが、明確な意見を述べたり、メジャーになると匿名を維持するのは困難でしょう。プロバイダに料金を払ってインターネットに接続している普通の市井の人間の場合、犯罪として警察権力の対象になったり、軍事的必要からペンタゴン等の捜査対象になれば、インターネットの痕跡からも本人にたどり着くでしょう。私は、コンピュータの専門家ではありませんので、専門家にお尋ねしたいと思いますが、「はてな」ダイアリを開設して、警察や軍隊から追求を眩ませる方法があるのでしょうか。私には、通常の犯罪捜査より楽な気がします。
さて、通常の意味でインターネットの匿名性とは、利用者同士の間のことだと思います。匿名性の利用は、2チャンネルでは前提(これも、ひろゆき氏が勝手に決めたもの)とされていますが、ホームページやブログの場合、利用者の意思に任されています。匿名同士コンタクトを持つのも結構、匿名と実名(本名)間のコンタクトも良し、実名(本名)同士にコンタクトを限定するのも自由です。私も、ホームページやブログが縁となり、実名(本名)の手紙や電子メールをいただくことがあります。つまりは、どうでも良いことなのです。ただいえることは、匿名と実名(本名)の間での論争・議論は、対等性を欠きます。対等性・互換性の無いところで、まともな議論は成り立ちません。私がホームページを開設したきっかけは、私が書いた案内状が、被差別部落に対する差別文書もしくは誤解を招く文書として匿名氏から告発されたことです(詳しくは、「安芸ねっと」をご覧下さい)。センシティヴな問題には、匿名で介入しないのがエチケットです。
インターネット社会では、無料のサービスが沢山あります。しかし、私は、インターネットの無料は無料ではないと思います。テレビも無料ではありません。視聴者は、見ることにより情報を受入れるという対価を払っているのです。情報を伝える(受入れてもらえる)というのは価値があることなのです。「はてな」が利用を拒否するのは勝手です。ユーザーは、利用を拒否するだけです。「はてな」は、利用者がゼロであれば企業として成立たなくなります。プロバイダが奇特な個人のときも、利用してもらえなければ、「主宰する」あるいは「支配する」という喜びを失います。
無料のブログで、サイトが消去された場合の法律関係はどうなるでしょうか。故意過失があるときは、ライブドアには損害賠償責任が発生すると思われます。どんな場合が不可抗力(賠償責任が無い)になるでしょうか。地震でサーバーが破壊された場合は不可抗力といえます。金融機関のように、別の場所(遠隔地)で丸ごとミラーリングするような本格的なバックアップまでは要求されないでしょう。しかし、ユーザーが自分でバックアップを取ることが可能なシステム(ソフト)を作っていない、またはバックアップの仕方を公開していない場合は、地震の場合も過失が認められると考えます。
無料と匿名とは、非常に関係の深い観念です。


日本キリスト教団(日本基督教団)」の私の質問についてはここをご覧下さい。


一つ書き加えておきたいことは、使用されているハンドルネーム(完全な名無し書込でも)が誰であるかグループ内で判っている場合があります。連携している場合もありますし、特定人が苛められている場合もあります。このような場合、匿名という言葉で括って良いのかという問題です。インターネットでは、普通に行われています。【平成17年6月14日追記】


インターネットの匿名習慣について


「はてな」キーワードについて
別の「はてなキーワード」(別の見出語)を作る基準について
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